Interview
2019.10.04
理学療法士のソーシャル・ソリューションの方向性とは?
株式会社Moff リハプロデューサー
NPO法人ロボットビジネス支援機構 ヘルスケアロボットWG 座長
木村 佳晶 氏
様々なヘルスケア領域における専門職の中で、理学療法士を筆頭とするセラピスト達への期待は大きい。それは単純に高齢化社会における高齢者の身体活動へのサポートのメガニーズに止まらず、高齢者に限らない一般層の中でも意識の高いケア層の、コンディショニングがもたらすQOLの向上が周知され広がっています。この流れの中に問題意識を持ち、起業して活躍する木村氏に今後の展望を伺いました。
プロフィール
木村 佳晶[きむら よしあき]
理学療法士、医療機関や在宅介護、介護保険領域など高齢者向けのリハビリテーションに従事。2016年にリハビリテーション業務のアウトソース受託や介護リハビリロボット開発支援、普及促進のため、合同会社アグリハートを設立。過去には、埼玉県産業振興公社先端産業課ロボットコーディネーター受託や、厚生労働省や経済産業省の介護ロボット普及促進関連の委員等にも従事。セラピスト自己成長計画という療法士向けのセミナーを企画、療法士ソーシャルアントレプレナーの育成に関わる。
Q1 木村さんはなぜ理学療法士になったのでしょうか?そこにある同じPTの想いなども教えてください。
そうですね、理学療法士を志したきっかけというか、理由としては漠然と「何か人の役に立てる仕事がしたい」という想いは小さいころからあったんですね。それは、看護師である母親の影響が大きいかもしれません。元々人と楽しく話すことが好きであった性格もあり、対人業務には興味がありました。
また、医療の資格を持っていれば何かあっても、どこかで働けるし安心だという現実的な判断ももちろんありました。そこで母親の勤める病院に見学などに行き、リハビリテーションという仕事を知り興味を持ったのがきっかけです。
当時はどういった仕事なのかよく理解しないままでしたが、調べるうちに困っている人の役に立てる、人の為になる誇りの持てる仕事だという事を理解しました。
多くの療法士は、献身的な精神や、困りごとがある方に何かできないか?療法士としての知識や技術以前にそういった利他の心を持ったマインドセットの方が多い気がします。また、目の前の患者さんが抱える課題を解決するためのロジカル思考、医療職としての総合力、コミュニケーション能力、探求心、行動力など、世間一般の社会でも高いレベルで能力を発揮できる素地はあると考えています。
我々の領域では「臨床」「教育」「研究」という活躍の場があります。近年では、社会の変化やテクノロジーの進歩などに伴い、「臨床」の領域が医療保険、介護保険という公的保険から「保険外」や「地域」まで活躍のフィールドが広がりつつあります。そのような情勢の中で、社会課題を解決する事が目的の国家資格保持者が、誰に対して何を提供していくのかを原点に立ち返りながら、新たに挑戦していく必要があるタイミングに差し掛かったのだと思います。
Q2 なぜ、木村さんは起業したのでしょうか?そこにある問題意識はどの様なものでしょうか?
自分の成し遂げたい世界観や美学を完成させることにより、多くの社会課題解決や価値提供が出来る。という前提において、起業は表現型の一つだと考えてまして、起業する事により理想としている世界観が早期に実現すると判断したからです。
本当であれば会社組織の中で新規事業や開発をするのがベストだと思っていました。ただ、そうなってくると組織での調整に時間がかかるなど、多くの弊害や減速が予測されます。そういった心配もあり、独立起業して様々な企業のプロジェクトジョインという働き方、R&Dサポートやプロジェクトアドバイザーのような立場ですね。
ヘルスケアサービスベンダーの多くは、まだリハビリ専門職を直接雇用している所は少ないので、そういったベンダーさんにリハビリテーションの視点や地域が抱えるニーズなどの情報を提供し、実際のサービス開発に活かしてもらっています。
実は療法士が持つ問題意識って、様々な課題に直に触れている事もあるのですが、彼らが持つナレッジってとても貴重なんですね。反面、ヘルスケアサービスを展開している企業やこれから挑戦したいと思っている企業などは、その経験やナレッジを借りたい、将来を見据えた展開をサービスとして構築したいと思っています。
数年前と比較してもそういった企業側からのニーズは増えている事も実感できますので、今後さらに我々療法士側が「医療」や「介護」といった領域から飛び出して、もう少し広い範囲の保険外サービスやヘルスケアテック系のメーカーと共同で事業を進めるタイアップやプロデュースが出来ると、新たなイノベーションが起こせる可能性が高いと思っています。
私自身は、そういう前例というか、ロールモデルとしてのお手本になれるかどうかは解りませんが、リハビリ業界とシーズを持つ企業とのマッチングのような動きがビジネスとして成立して、たくさんの療法士が真似できるようにSNSなどで情報発信もしています。
Q3 新しい試みとしての「セラピスト自己成長計画」プロジェクトへの思いを教えてください!
日本における高齢化の伸びはご存知かと思いますが、同時に社会保障費の額も増えているのが現状でもあり、支える私たちのような人口も減ってきているとなると「健康寿命延伸」という産業が加速的に延びてくるのだと思います。
このドメインにおいて、重要となるのが「地域」での居場所と出番(役割とも言いますね)を誰がどのように演出するか。また、その演出の費用対効果を適切なアセスメント、プロセス管理、アウトカム評価を駆使して誰がどのように作り出すか。その結果、誰の何に貢献したか。ここがとても大切になると考えています。
この文脈のPDCAを適切に実践できる総合力を持った職種は、医療職で言えば非常に限られていて、私はこれこそ療法士が社会地域で活躍する事で、これらを達成できると考えています。
しかしながら、多くの療法士は8割以上が医療機関に所属しており、決められた保険点数の中での業務に従事しています。もちろんそのこと自体は特に問題ではないのですが、それぞれの療法士が「想い」を持って資格取得の為の学習をしてきたはずですし、現実問題として地域課題を解決しない事には、医療での働き方も限界が出てくるのではないかと考え始めているのです。それぞれ「何かしたい、何かしなきゃ!」という危機感は多少なりとも持ち合わせているんですね。
今回、セラピスト自己成長計画というグループを企画した意図はその辺にあります。それぞれ療法士が自分の好きな地域で「ソーシャルアントレプレナー」として、独立しながら「コミュニティセラピスト」として、地域から必要とされつつ「かかりつけ」的な機能を発揮できれば、社会保障費抑制効果や健康寿命延伸に対してインパクトを与えられると思います。
実は、過去にも現在も療法士向けの似たようなセミナーや学びの場は有りました。残念ながらそういったセミナーの講師や世話人は殆んどが療法士自身です。
例えて言うならば江戸時代の日本の鎖国制度のようなイメージでしょうか。私はそこに新しい風を送りたいと常々考えており、会の準備段階から療法士業界の外のプロフェッショナルな方々に相談をしてきました。
現代版「黒船」のように、療法士を外から良く知っている講師が、療法士の持つ理想を達成する為にメンターとなり講師となりサポートしていける組織が必要だと考え始めました。
幸いにして、ヘルスケア業界では実績と経験のあるスペシャルゲストの方々に登壇いただく内諾を頂きまして、9月から半年間の期間で0期生が始まっています。来年度以降は組織体制も整備して、より多くの受講仲間を募り、最終的には起業家を育て、ビジネスにおける療法士の価値を高めていきたいと考えています。
インタビュアー:大川耕平
[取材日:2019年9月30日]
[取材日:2019年9月30日]