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2017.10.6
株式会社MTヘルスケアデザイン研究所 
所長 阿久津 靖子 氏

ヘルスケア事業領域でも「デザイン思考」の重要性が共有され始めています。このテーマは私も追求していますが、この方に一度お聞きしたいと思っていたのが阿久津さんです。今回インタビューにお付き合いいだけました。
プロフィール
阿久津 靖子[あくつ やすこ]
株式会社MTヘルスケアデザイン研究所所長、Aging2.0 Tokyo chapter ambossoder、日本睡眠改善協議会睡眠改善インストラクター、ヘルシンキブリーフセラピーインスティテュート認定リチーミングコーチ、NPO 名古屋キャリアカウンセリングサポート、日本バイオデザインバイオデザイナーエキスパートコース修了
 
筑波大学大学院理科系修士環境科学研究科にて地域計画を学び、プロダクトデザイン事務所であるGKインダストリアルデザイン研究所入社。プロダクト製品開発のための基礎研究・デザインマーケティング・街づくりの基本計画に携わる。その後、子育てをしながら地域雑誌の編集業務、フリーで商品開発プランニングに従事。
 
子育てが一区切りして、縁あってコンセプトデザインを行っていた数社の商品開発や店舗開発/販売プロモーションまでを行い、「子どもの居場所をつくり生涯使える家具」「世界初のオーダーメード枕」など市場がないところにブランドを創り出し全国区にするという経験を持つ。その当時より、 ヘルスケアライフスタイル創造を目指す製品開発や店舗プロモーションを模索。その後ヘルスケアに特化したデザインリサーチに従事、2012年独立し、デザインリサーチファームとして(株)MTヘルスケアデザイン研究所を創業。

MTヘルスケアデザイン研究所発足の経緯を教えてください

 子育て後、社会にカムバックし多くの商品のブランディングを行ってきました。そのうち寝具のブランド企画を行ったのがヘルスケア領域への参入のきっかけです。商品開発から店舗開発まで行いました。
 
その当時から商品ではなく健康的な睡眠生活をお客様に提供するということで、お客様に体験を売ることでブランディングを行ってきました。そうしているうちに現在、私が事業とは別に運営しているLMDP(ライフ&メディカルデザインプラットフォーム)と出会いました。
 
高齢化社会に向けてメディカル・ヘルスケア領域を分かりやすくし、誰もが身近にするためにデザインの力をという活動です。それを経緯にパートナーと出会いますが、その後それぞれの方向性の違いから独立に至りました。独立時、この領域での事業の難しさを痛感し、仕事を辞めるという選択肢もありました。しかし、何もヘルスケア領域でのデザインとは何かというカタチの理解が広がっていないとの思いで、ある意味、意地で(使命感から)Human centered Healthcare design をコンセプトに会社を立ち上げ現在に至ります。
 

10年前から阿久津さんの活動は存じ上げていますが、一貫して今盛んにいわれているデザイン思考アプローチをずっと言っておられたと思います。テクノロジー・プッシュではダメで、現場ニーズからデザインしなければ!というその意味を教えてください

 10年前とは全くメディカル・ヘルスケアを取り巻く社会的環境は変わりました。世界的に高齢化が進み、米国を中心として革新的な「ヘルステック」が日々誕生しています。日本でもヘルステックが注目を浴びています。
 
その一方、一次のウェアラブルブームの時のように「ネコも釈子の活動量計」などという時代から今に至るまで、革新的サービスというものまでには道半ばというところがあると思います。またアベノミクスの功罪として地方には多くの医療クラスターがあり中小企業が医療機器開発に参入していますが、実際にはニーズのないところに製品開発がされており、作ったものの市場がないというのが現実です。この状況をみると、これまで私が伝えてきたデザインの重要性を改めて伝えていかなければと思っています。
 
10年前は「デザイン」というと「色・カタチ」ととらえる方が多くいましたが、近年デザインシンキングが一般的な言葉として馴染んできていますので「色・カタチ」だけのことではないとは理解されつつあると思います。ただ、反対にデザインシンキングだけが一人歩きしてプロセスのみで何も産み出されないということも最近は懸念しています。
 
 
 弊社はデザインシンキングを元に現場のニーズを顕在化し、そこにプロダクトやサービスを提案していくという業務を行っていますが、クライアントに現場のニーズを顕在化するということを理解して貰うことが重要だと思います。日本の技術力は今もすぐれていると思うし、海外からも注目されています。しかし、自社の技術・自分のテクノロジーがあれば市場がとれるという日本の80年代の考えから離れられていません。
また、デザイン(デザインシンキング)が何かというのも身体では理解していないというのが現実でしょうか?
 
どのように説明すればいいか悩みますが、例えば活動量計が百花繚乱のように出されましたが、その活動量計をどのような人が使い、それを使ってどのようなライフスタイルが提供されるのかが分かりませんでした。活動量計を継続的に使う仕組みがなかったのではないかと思います。
 
常にランニングするような方は使い続けるのでしょうけど、ヘルスケアのリテラシーはとても個人差があり、活動量計の数値表示をするだけでは使い続けられないと思います。デバイスのデザインがスマートであればというのとも異なる。どんな人が何の目的のために活動量計を使うのか、市場として、使用対象者がどのぐらいいて、当該サービスを使うことでどのようなことが起こるのかのストーリーテリングができるデザインシンキングが必要と考えます。
 
例えば、米国にomadaというユーザーの体重や食生活などをトラッキングし、そのデータを元に生活習慣病の予防プログラムを提供するサービスがありますが、そうしたサービスがあってこそのウェアラブルデバイス開発なのではと思います。
 
 
 これからは高齢化社会の中で介護と医療・予防と医療の垣根がなくなっていきます。これまでのヘルスケア参入企業の多くがメディカル(医療)への参入は、薬事法などの壁による難しさから避けて通ってきましたが、高齢化に伴う医療資源の慢性的な不足とヘルスケアテクノロジーの進化によって医療領域との連携も避けて通れなくなってきています。
 
近年では医療出身のヘルスケアスタートアップが増加しつつありますが、医療者だけでは反対に専門性に特化しすぎることが多く、そこには市場性を俯瞰してみるという面での難しさがあります。
 
先ずは現場をよく観察し、「サービスを受ける対象者が誰なのか、そこにどのような課題があり、その課題が解決されるとどのような結果が出るのか」というニーズステイトメントを明確化して、サービス提供するステークホルダー全員が共有することがますます重要になると思います。
 
サービス・プロダクト開発を行っていく途中で迷走した場合には、またそのニーズステイトメントに立ち返るというプロセスも重要だと思います。私が10年前から言い続けてきたヘルスケア領域におけるデザイン(デザインシンキング)がヘルステック推進のためにはますます重要になってくると思っています。

阿久津さんが今注目している海外の動きや今後の方針に関して教えてください

 昨年度から色々と縁があってデンマークや米国シリコンバレー・ボストンなどを訪問することがあり、実際にデザインシンキングによって医療デバイス開発やヘルステックサービスを産み出すプロセスを体験しました。
 
今年6月、ボストンでHealthcare experience Refactoredというカンファレンスが開催され参加しました。Health2.0とボストンのデジタルソリューションのための戦略デザインコンサルタントのMad Pow社の協同で開催されたカンファレンスです。ただのカンファレンスだけでなく、様々なデザインシンキングのメソッドを学ぶためのワークショップを私も体験してきました。非常に有意義なカンファレンスであったと思います。
 
Mad Pow社はデザインシンキングを用いて市場を作るデジタルサービスのコンサルティングを行っています。そんな彼らは今年からCenter for Health Experience Designというプラットフォームを運営し始めています。単独組織では解決できない複雑な問題に直面している患者、家族、介護チームを支援する新しいソリューションを創出するために、組織の垣根を越えて機会創出を目的につくられたプラットフォームです。
まさに私たちが行ってきたLMDPの活動と重なるところがあり、今後彼らとコラボレーションをできればと思い、彼らに声をかけていきたいと思っています。
 
 
 また、現在日本の東京大学・東北大学・大阪大学などが行っているスタンフォード大学のバイオデザインプログラムの一般企業向けのエキスパートコースを修了させて頂きました。バイオデザインはDスクールのデザインシンキングの手法を用い、医療機器開発のためのプログラムを提供しています。バイオデザインについては現地での取材や、読書の範囲では理解をしていたのですが、実習を通してニーズスコープを経験することで現場ニーズから市場を見据えた上でコンセプトプランニングを行っていく方法を改めて学び、医療・介護機器の開発のみならず、デジタルヘルスサービス開発の手法だと思っております。
 
医療介護のロボット開発なども取材先のデンマークなどではデザインシンキングをベースとしてロボットが提供するサービスを中心に開発されているのですが、日本の場合はテクノロジーありきで、結局サービスと価格及び現場に投入された時の効果の評価をしないまま開発されるので、色々なロボットだけが乱立するというのが現状だと思います。
 
 
 モノや技術だけを提供するのではなく、サービスをどう消費者に届け、サービスによってどのようなエクスペリエンスが創造されるのかをデザインシンキングで発想することは、今後のヘルステック開発にとっては一般的なことになってきています。
 
弊社としても改めて事業プロトコルにきちんと位置づけるとともにLMDP活動のなかでも、よりデザインシンキングをベースとしてヘルスケアサービス創出のためのワークショップを実習を交えて提供していきたいと思っています。

 
 
取材後記:
阿久津さんは日本を代表するプロダクトデザイン会社の老舗のご出身とあってヘルスケア&メディカル領域でデザインの話を骨太にできる稀有な方なので、今後の活動も注目ですね!!
 
 
 
インタビュアー:大川耕平
 
[取材日:2017年10月3日]