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2008.02.06 日本医療コンシェルジュ研究所 名古屋大学医学部附属病院 準教授   深津 博 氏

厚生労働省が2007年12月20日に発表した「平成18年医療施設(動態)調査の概要」によると、平成18年10月1日現在における全国の病院(一般病院、精神科病院、結核療養所の数。一般診療所は含まず)は8,943施設で前年に比べ、83施設減少。病院の総数は平成2年(10,096施設)以降減少しており、平成4年からは1万施設を下まわっている。 病院が減っている主な原因は赤字による運営難だ。診療報酬改定による減収、医師や看護婦を確保するための人件費増、あるいは医師不足による外来・入院患者数の激減などで、病院は倒産や自主廃業、統廃合を余儀なくされている。こうしたなか、患者確保の策として、サービス&ホスピタリティの質を高めようとする動きが広がっている。今回は「医療コンシェルジュ」の育成を行なう『日本医療コンシェルジュ研究所』の理事長・深津氏に、そのサービスや仕組みについて話を伺った。
深津 博[ ふかつ ひろし ]
名古屋大学医学部医学科卒業後、放射線医学、画像診断学、医療情報、地域医療連携等に従事する。平成 14年1月より名古屋大学医学付属病院放射線部助教授に。医用画像や医療情報におけるシステムの共同開発を数多く行い、平成18年1月よりNPO法人日本医療コンシェルジュ研究所理事長も兼任する。最近のモットーは「走りながら考える!」。

病院経営は「患者視点の価値」がより必要な時代に

ここ数年、病院が置かれている環境は激変している。厚生労働省は医療費の抑制・削減のために、病院や療養病床(主として長期にわたり療養を必要とする患者を入院させるための病床)を減らし、在宅医療への移行を進めている。また、平成20年度から特定健診、特定保健指導(生活習慣病に着目した検診、保健指導。40〜74歳を対象に義務づけ)をスタートさせるなど、病気の予防に力を注ぎ始めている。 「これまでも、赤字経営の病院はたくさんありましたが、何とかやってこれました。しかし、こうした政策の影響もあり、どこの病院でも赤字が急拡大しています。今後は自治体病院の統廃合、独法人化などが進み、遠くて混雑している病院に行かざるを得ない、という状況になるでしょう。これらは国の財政的な理由や、病院が生き残るために行なわれていることで、利用する人の立場、患者の視点からはどんどん離れた結果になっています」と深津氏は話す。 病院間の競争が激化している現在、患者の視点による価値の創造が必要となっている。こうした動きのなか、大きな成果を挙げはじめているのが、深津氏が取り組む『医療コンシェルジュ』という存在だ。

自らの体験でサービスの必要性に気づく

深津氏は名古屋大学医学部附属病院 放射線部 準教授でもある。十数年前、父親の診察に付き添った際、自分が働いている病院なのに受付窓口がわからず、戸惑った経験などから、ホテルコンシェルジェのようなサービスの必要性を感じたという。 「自分の病院で窓口を間違えるなんて笑い話ですが、そのときにこれはおかしいぞ、と疑問に感じたのが最初のきっかけです。患者さんは診察を受けるためにあちこちをまわり、いわゆる3時間待ちの3分診療で、聞きたいことも聞けません。医者は診察室から一歩も出ませんから、待ちくたびれた患者さんに対して、思いやることもなく診察をしてしまう。患者さんの不安や不満にあまり気づいていないのです」 父親の付き添いのときに感じた疑問は、もうひとつの経験で確信に変わる。 「以前、知人から頼まれて、ある患者さんの受診手続などの代行をしました。自分としてはまたか、という気持ちで嫌々やっていたのですが、患者さんは『70 年生きてきて、病院でこれほど丁寧な扱いを受けたことはなかった』といい、とても喜んでくださったのです。こういうケアを求めている人は多いだろうと感じ、自分の職場で医療コンシェルジェの導入を提案したのです」

医療コンシェルジュは患者の代理人

深津氏の提案は経営陣にも受け入れられ、2005年6月から名古屋大学医学部附属病院で試験的に運用を開始した。同年11月に特定非営利活動法人「日本医療コンシェルジュ研究所」を設立、現在は医療コンシェルジュの育成や普及、医療機関への派遣などを行なっている。 医療コンシェルジュは患者の代理人として、かかりつけ医からの紹介状・検査データをチェックして診療科を選択。受診や検査の手配、医師への連絡などを行なう。また、院内を案内したり、場合によっては検査や診察内容の説明を行なう。 「実際に活動を始めて、待ち時間の短縮、的確なアドバイスや詳しい説明が受けられるという患者側のメリットだけでなく、医師や病院にとってのメリットも多いことがわかりました。患者についての事前情報が把握できるので、医師は的確な診察とアドバイスが行なえます。また、患者の不満をコンシェルジェが共有することで、業務の改善や経営の効率化が図れ、医療機関の評価も高まります」と深津氏は語る。

発想のヒントは海外の事例にあった

アメリカの病院ではさまざまな人種・言語の患者に対応するため、専門スタッフ(コンシェルジュ)を配置している。国土が広いため、飛行機で家族と一緒に病院へ来るケースもあり、ホテルの手配や、保険の手続きもコンシェルジュの仕事だ。他にも入院していても仕事ができる環境作り、秘書サービス、留守宅のペットケアサービスなど、医療サービスがひとつのビジネスとして成り立っているという。 研究所を立ち上げて1年が過ぎたころ、深津氏は米国のベストホスピタルで常にトップ10入りを果たしている『クリーブランドクリニック』へ見学に行った。ここではドクターコンシェルジュという制度があり、専門医になる前の若い医師を患者に付かせ、一日一緒に行動する。 「専門医になると病院を客観的に見たり、他の科のことを知ったりする機会が少なくなります。ドクターコンシェルジュという制度を通して、患者さんの立場を体感し、どの分野の専門医と協力したらより良い治療ができるかを学びます」 日本は皆保険制度で良い医療を受ける機会が均等にあるが、患者として不愉快な思いをすることも多い。深津氏は患者の不満をコンシェルジュが吸い上げ、それを業務に反映させることが必要だと話す。 「アメリカほどコストをかけるわけにはいかないでしょうが、全体の2割から3割くらいサービスの水準を上げるだけでも大分違うはず。患者さんが病院に対して不満を感じたとき、ほとんどの人はその病院へ行くことを辞め、家族や同僚、知人にだけ話をします。いわゆるサイレントクレーマーですね。そうやってどれほどの患者を失っているか計り知れないのです」

今後の展開

患者のサポートを行なう医療コンシェルジュの役割は、多くの可能性を秘めている。 医療コンシェルジュの導入には人件費が絡んでくるため、まだまだ消極的な病院も多い。しかし、患者の不安や不満を解消し、病院に対する評価を高めるコンシェルジェの存在は、今後着実に普及していくだろう。また、人材派遣やコンサルティングについても、パートナー企業と協力しながら行なっているという。 「将来的な事業化のモデルとして、セカンドオピニオンのコーディネートを考えています。セカンドオピニオンの市場は潜在的にたくさんあり、『セカンドオピニオンを受けたいが、誰に聞けばいいのか、どこに行けばいいのかがわからない。だから受けていない』ということがマーケット調査でわかっています。そこを上手にコーディネートできればビジネスとして成立するだろうと思っています」

■取材を終えて

現役の医師である深津氏。ただ、医師である前に一人の患者として、自分が感じた「不満・不便」を大切にし、医療コンシェルジュという既存枠にとらわれない形で解決を試みる「優れた事業家」の側面も感じた取材であった。 [ 取材日:2008年1月24日 ]