世界では肥満や低栄養に関連する病気の増加が問題視されており、食品業界全体でその解決が求められています。「栄養プロファイリングシステム(NPS)」は、食品の栄養情報を視覚的にわかりやすく提供する指標で、WHO(世界保健機関)もその活用を推奨しています。日本でも、食品メーカーや研究機関がNPSの導入と普及に向けた研究を進めています。
そこで今回は、独自のNPSを開発し、積極的に活用している株式会社 明治の執行役員である河端恵子様にお話を伺いました。

河端 恵子(かわはた けいこ)氏

株式会社 明治 執行役員
価値創造戦略副本部長

河端 恵子(かわはた けいこ)氏

Profile

東京大学農学部農芸化学科卒業後、明治製菓株式会社(現・株式会社 明治)入社。入社後、主に栄養食品、美容・健康食品の研究開発業務に従事。2019~20年、株式会社 明治 乳酸菌研究所にて研究部長として栄養研究に従事、21年からは研究戦略統括部にて研究管理業務を行いながら、明治栄養プロファイリングシステムの開発にも関わった。2024年4月より現職。

Q1.まず栄養プロファイリングシステム(NPS)とは何かを教えてください。

NPS(Nutritional Profiling System)とは、食品に含まれる栄養素の量を科学的根拠に基づきスコア化し、食品の栄養価値を評価する手法です。日本語だと、栄養プロファイリングシステムと呼ばれます。

世界では、さまざまなNPSが利用されています。
メジャーなものを紹介すると、例えば、フランスで使われている「Nutri-Score」は、AからEの評価で食品の栄養価値を示します。消費者はこれを目安に食品を選びます。

もう一つ例として紹介したいのがオーストラリアとニュージーランドで使われている「Health Star Rating(HSR)」です。これは、食品の栄養価値を星0.5から5の10段階で評価します。

Q2.確かに、食品の選択に役立つというのはわかるのですが、栄養プロファイリングシステム(NPS)が注目される背景をもっと教えてください。

世界では、低体重と過体重の二重負荷が問題となっています。適切な栄養摂取がこれらの課題解決に役立つとされていますが、消費者が食品の栄養素を正しく理解するのは難しいです。

そこで、わかりやすい情報提供のために栄養プロファイリングシステムが使われているわけですが、このことは、食品企業が主体的に栄養価値の高い商品を提供することにもつながります。

また、「この指標を根付かせ国民が食品をうまく選択することができると、健康効果が高まる」という例が公衆衛生の研究でも報告されています。

Q3.日本では、複数のメーカー、アカデミアが研究を進めていると聞きました。明治の栄養プロファイリングシステム(NPS)の基本的な考え方を教えてください。

Meiji NPSの基本はその地域特性を考慮するというものです。
そのため、日本でのライフステージにおける健康課題を配慮したNPSとするよう考えました。
具体的に言うと、日本の栄養課題、健康課題、食生活を考えたときに、どんな栄養をしっかり摂るべきで、どんな成分は減らすべきかを徹底的に考えました。

日本では過栄養によって引き起こされる過体重や肥満といった生活習慣病のリスクが成人の健康課題である一方で、若年女性のやせも成人の健康課題として指摘されています。
また、高齢化が進んだ日本では、高齢者のフレイルも大きな健康課題です。

私たちはNPSを開発するにあたって、生活者のライフステージと日本人の健康課題に徹底的に向き合うことを基本的な考え方としました。

Q4.明治の栄養プロファイリングシステム(NPS)について、もう少し具体的に説明してもらえますか?

2023年6月、「Meiji NPS」として、成人の生活習慣病予防向けと、高齢者のフレイル予防向けという2つの栄養プロファイリングシステム(NPS)を策定しました。

これは、2つのNPSを持つことが最初にあったのではなく、日本の健康課題解決に本当に役立つNPSを作ろうとしたところ、結果的に2つに分けることになったというのが、本当のところです。

成人NPSでは、制限栄養成分(摂取を制限すべき栄養成分)としてエネルギー、飽和脂肪酸、糖類、食塩を設定し、推奨栄養成分(摂取を推奨する栄養成分)としてたんぱく質、食物繊維、カルシウム、鉄、ビタミンDを設定しました。

一方、高齢者NPSでは、成人NPSで設定している制限栄養成分から飽和脂肪酸を、推奨栄養成分から鉄を外しています。
日本での高齢者の食生活実態や健康状態から、飽和脂肪酸を制限する方が高齢者では健康リスクを高めると判断しました。フレイルが気になる高齢者にとっては、飽和脂肪酸は貴重なエネルギー源と考えられるためです。逆に、鉄は不足していないため、推奨栄養成分から外しています。

両NPSで共通して、摂取を推奨する食素材として果実類、野菜類、種実類、豆類、乳類を設定しました。

Meiji NPSのスコアは、制限栄養成分が多く含まれるほどスコアが低く、推奨栄養成分と推奨食素材が多く含まれるほどスコアが高くなる設計です。
明治では幅広いライフステージの方に向けた商品を販売しているので、図のように、ライフステージにあわせた複数のNPSを設定する予定です。

Q5.では、実際に栄養プロファイリングシステム(NPS)はどのように活用しているのですか?

NPSを使って自社商品を評価することで、栄養価値を高める商品改良や新たに栄養価値の高い商品を開発しています。

例えば、商品改良で減塩を行う場合、おいしさを損なわないために、一度に大幅な減塩をするのではなく、栄養強調表示ではパッケージ訴求できないレベルでの減塩を積み重ねることもあります。このような長い時間軸での改善を評価する際にNPSはとても役立ちます。

商品の改良には地道な積み上げが必要で、研究員が一定のモチベーションを保ち続けるためにもNPSは活用できます。

また、NPSの活用対象も一度に数多くの商品カテゴリーに広げず、特定の商品カテゴリーでの活用を繰り返し、そこで成功体験を積み上げるというやり方も良いかもしれません。

商品開発において何より大切なのは、おいしさと栄養のバランスです。食事は栄養だけで選ばれるものではなく、おいしさとのバランスが必要です。常に栄養とおいしさという両軸を見ながら、NPSを商品開発に役立てたいと考えています。

Q6.今後の栄養プロファイリングシステム(NPS)の展開を教えてください。

現在までの取り組みで得た知見は、学術論文などを通じて発信し、社外の関係者とも協働しながら、日本の健康課題解決に役立てたいと考えています。

2024年3月には、海外で使用されている既存のNPSと比較して、同等に食品の栄養価値を評価できる手法となっているかを検証しました。
その結果、Meiji NPSは既存NPSと同等に食品の栄養価値を評価できることが示されました。
その研究成果は国際学術誌「Nutrients」に掲載されました。

Q7.今後も大切にしていきたいことは?

今後も人々の食生活は変わり健康課題も変化するため、NPSも常に生活者に合わせて見直し改良していくことが大切です。
NPSの妥当性の検証は一回で終わらせず、食生活や社会の変化に合わせて見直し続けます。

日本人の食事摂取基準も5年に一度は変わっていますよね。NPSも常に見直し、改善し続ける意識が必要です。

ライフステージと健康課題に合ったNPSということでいうと、次は子供向けNPSも必要と考えています。
子供には発育・発達の視点が重要であり、この点に配慮したNPSも作っていきたいです。
さらに、食育活動にも積極的に取り組んでおり、その中でもNPSを活用していければと考えています。

今はNPSを自社の商品開発に役立てていますが、このNPSはいずれ一般消費者が食品選択に役立てられる時代を見越して作成しました。
将来的には、お客様が売り場でNPSを使って食品を選ぶことが当たり前の時代になる日のために、商品の改良とともにNPSの改良も継続していきます。


Meiji NPS の詳細はこちら

関連ニュースリリース

「明治栄養プロファイリングシステム(Meiji NPS)」策定のお知らせ~食品の栄養を評価し、商品開発などに活用することにより、より栄養価値の高い食品選びに貢献~(2023/06/30)

食品の栄養価値をスコア化して評価する明治栄養プロファイリングシステム(Meiji NPS)の設計とその妥当性の検証~国際学術誌Nutrientsに掲載~(2024/04/15)

明治栄養プロファイリングシステム(Meiji NPS)による食事指数が生活習慣病のリスクとなる複数の指標と関連することを示唆~疫学研究で日本初の検討、国際学術誌“Frontiers in Nutrition”に論文掲載~(2024/08/08)


取材後記:
今回のインタビューを通じて、株式会社 明治が開発した栄養プロファイリングシステム(NPS)の特長とその意義がよく理解できました。
印象に残ったのは、ライフステージと健康課題を配慮した2つのNPSを作った際、2つのNPSを持つことが最初にあったのではなく、日本の生活者視点で本当に役立つNPSを作ろうとした結果、2つに分けることになったという点。人々の健康に対して明治が真摯に向き合っていることが感じられました。

また、NPSの妥当性の検証は一回で終わらせず、食生活や社会の変化に合わせて見直し続ける姿勢も印象的でした。顧客の変化に常に対応することで、より有効なNPSを維持し続けていきたいということでした。
今回のインタビューで、NPSの重要性と将来性について多くのことを学びました。
明治のNPS開発と活用が、日本の健康課題解決に大きく貢献することを期待しています。

インタビュアー:脇本和洋

[取材日:2024年6月7日]