1999年創刊以来ニュースソースの80%を海外情報源として編集企画してきたHealthBizWatchですが、海外の保険事業がどうヘルスケアを扱っているのかについての情報収集は損保ジャパン総研(現SOMPO未来研究所)を頼っていました。今でもSOMPO未来研レポートの一読者でもあるのですが、保険という領域で海外のヘルスケアやメディカル、ウェルネスを分析し続けてきた経験で日本のヘルスケアの今に対するヒントになるのでは?と思い、久司さん(取締役)にインタビューに応じていただきました。

久司 敏史(くし としふみ)氏

SOMPO未来研究所 取締役 研究部長 兼 主席研究員

久司 敏史(くし としふみ)氏

Profile

慶應義塾大学経済学部卒業。日産火災海上保険(現損害保険ジャパン)入社。2005年より損害保険ジャパン総合研究所(現SOMPO未来研究所)にて、海外の医療保障・介護保障制度、民間健康保険、ヘルスケアビジネスの調査に従事。13年~15年損保ジャパン日本興亜ヘルスケアサービス(現SOMPOヘルスサポート)にて取締役サービス統括本部長として企業向けメンタルヘルス対策プログラムの開発運営に従事。15年からは再び現職場に戻り、SOMPOヘルスサポートと共同で健康経営コンサルティング・サービスの開発などを行う。19年より現職。社会福祉士。

Q1.非常に質の高い情報レポートをコンスタントに企画取材編集されてきているわけですが、SOMPO未来研究所の目指していることなどを教えていただけますか?

SOMPO未来研究所は、保険事業を中核とする企業グループのシンクタンクとして、海外の民間医療保険について、医療保障制度と合わせて調査を行ってきました。
そうした調査の一環として、米国の生活習慣病の重症化予防プログラムであるディジーズマネジメントを2000年前後から調査し、日本に紹介しました。
以来、重症化予防に加えて健康増進をも含んだウェルネス・プログラム、メンタルヘルス対策プログラムなどヘルスケア領域の調査を継続的に行っています。

SOMPOグループの中には、特定保健指導事業や企業向けメンタルヘルス対策プログラムなどを手掛けるSOMPOヘルスサポートがあります。
また、持ち株会社の中には、ヘルスケア領域で新事業の立ち上げや提携を進めている部隊もいます。
我々は、グループ内のヘルスケア事業に携わる各社と連携しながら、調査や基礎研究を行って、新しいサービス、プログラムを提供していきたいと考えています。

また、海外のイノベーティブな取り組みやモデルの紹介を通じて、国内のヘルスケア事業の拡大やイノベーションに貢献できればと考えています。

Q2.久司さんからみて現在の日本のヘルスケアに影響を与えたと思われる海外先行モデルはどんなものがあったでしょうか?(早いタイミングで海外動向をレポートしていた印象があります)

日本に紹介されたのは20年ほど前とかなり古い話しになってしまいますが、やはり、ディジーズ・マネジメントだと思います。
ディジーズ・マネジメントをベースとして日本でもいくつもの事業が生まれましたし、特定健診・特定保健指導のプログラム開発にも影響を与えています。

また、行動変容理論や、行動特性、重症度に応じて適切なプログラムを提供する階層化の考え方など、ディジーズ・マネジメントの要素技術は、現在の健康増進・疾病予防プログラムでも重要な役割を果たしています。
もっとも、行動変容理論は、その限界が明らかになって、行動経済学の応用が進められるなど、新しい理論や実践が試行されているのが現状だと思います。
コロナ禍で行動変容という用語が普通に使われるようになったのは正直驚いています。

モデルではありませんが、出勤はしているが健康上の理由により生産性が低下している状態を表す「プレゼンティーイズム」の概念とその計測方法は、従業員の健康課題を企業経営と結び付けて考える健康経営の推進でも大きな役割を果たしたと考えています。

逆に最近では、海外の先進モデルを積極的に参考にしようという動きは鈍くなっているのでは、と思います。
デバイスなどのコンテンツへの関心は高いのですが、モデル、フレームワーク、メソッドといったプログラム全体への関心は下がっていると思います。

デバイスは、プログラム全体の中でどのように活用するかを考えてこそ効果を発揮するものだと思います。
スポルツさんは、海外の先進事例のメソッドに注目して紹介しておられますが、そういう視点が大事だなと思っています。
社会保障制度や、雇用に関わるルールは国によって異なりますので、海外で成功したモデルをそのまま日本でやろうとしてもうまくいくとは限りません。

ただし、制度やルールに関わらず共通している点も多くあります。
たとえば、企業が従業員の労働生産性を高めようとする動機は、どの国でも共通のはずです。
海外のモデルや事例を参考にする場合には、制度やルールの違いを理解しながら、日本に適用させるためにはどう仕組み直せば良いのかを十分に考える必要があると思います。

Q3.長期にわたり海外との比較分析をされてきているわけですが、一番大きな日本との違いはどこにあるでしょうか?

海外といってもほぼ米国を対象に調査してきています。
また、企業における健康増進・疾病予防の取り組みを主な調査対象にしていますので、その観点から比較をしたいと思います。

まず、米国企業の場合「何を目的に健康増進・疾病予防に取り組むのか」が明確であり、目的に沿ったプログラムを導入・運営しているという点です。
日本企業の場合、労働安全衛生法などの制度、たとえば、定期健診やストレスチェックなどが取り組みの基盤になっています。
健康経営についても、法制化されたものではありませんが優良法人認定制度があります。
日本の仕組みは、全体の底上げを図り、あるいは、取り組みを標準化するという点では優れているのかも知れませんが、一方で、イノベーティブなモデルを生み出す力は弱いと思います。

二点目は、一点目とも関連しますが、米国の企業は取り組みの投資対効果の計測を重視している点です。
たとえば、従業員の健康増進プログラムへの投資1ドルに対し、医療費の節減や生産性の向上により1.2ドルの効果があったというように定量的な評価を行います。
これは、金銭的な投資対効果を測るROI(リターン・オン・インベストメント)という概念です。
投資対効果を測るので、より高い効果が見込めるプログラムへの入れ替えや、各種プログラムへの投資配分の見直しが行えます。
最近では、非金銭的な価値も含めて評価するVOI(バリュー・オン・インベストメント)という概念も出てきています。

三点目は、企業領域に限りませんが、コンセプトやフレームワーク、メソッドを生み出すのがとてもうまいなと感じます。
企業領域に限っても、多くのコンサルタントやサービス提供事業者がいて、技術だけでなくアイデアを競っていて新しい価値、ビジネスを生み出そうとしているのだろうと感じます。

Q4.最近の久司さんの問題意識を教えてください。

米国では、従業員の心や身体の健康に焦点を当てたウェルネス・プログラムに加えて、経済的な健全性の向上を支援するフィナンシャル・ウェルネス・プログラム、家族の介護をしている従業員への支援プログラムなど、従業員の生きがいや幸福感を総合的に高めていこうという取り組みが進んでおり、ウェルビーイング・プログラムという呼び方が広まっています。

生きがいという観点で見ると、心や身体の健康は重要な一要素ですし、経済状況や、エンゲージメントといったその他の要素とも影響し合っています。
日本でもウェルビーイング経営という用語が使われ始めています。
ヘルスケアからウェルビーイングへの視点の転換は、健康増進・疾病予防プログラムの価値の捉え直し、プログラムの対象範囲の拡大につながるのではと考えています。

Q5.今後の予定やHBWへの読者への案内などあれば教えてください!

今、健康状態とエンゲージメント、仕事の成果などとの関係性について調査分析を進めています。
従業員の健康づくりに取り組む企業を後押しするような成果が出せればと考えています。

また、米国を中心に企業の健康づくり・疾病予防の動向も引き続き追いかけています。
最近では、従業員の健康づくりを含む企業の人的資本投資に関する調査研究も行っています。
SOMPO未来研究所のホームページで随時レポートを公開しています。
ぜひ、ホームページ(www.sompo-ri.co.jp)を訪れてください。

インタビュアー:大川耕平

[取材日:2021年7月7日]