「目標は健康時間を増やすこと」というメッセージを掲げた“あなた専用コンディショニングAIアプリ”「you’d(ユード)」がリリースされたのが2022年の4月でした。数多存在する健康系のアプリとの違いは、ユーザー自ら健康データを使って自身の健康変化を見つけ、どうすればよりコンディションが整うかを探っていけるという点です。
どのようなアプリなのか?何を目指しているのか?読者の多くも気になるはずなので、開発運営を手掛ける株式会社ヴェルト 代表取締役の野々上仁さんにインタビューをしました。

野々上 仁(ののがみ じん)氏

株式会社ヴェルト
代表取締役 CEO

野々上 仁(ののがみ じん)氏

Profile

1968年生まれ。京都大学経済学部卒業後、1992年に三菱化成に入社。担当した光ディスクの事業開発の過程でインターネットに出会い、96年にJavaやネットワークコンピューティングで技術革新の中心にいたサン・マイクロシステムズに移り、通信・金融等の営業部門や経営企画室長等を経て、2009年に執行役員に。その後オラクルによる買収後は、買収されたサンの事業部門のトップとしてバイスプレジデント・執行役員を務めた。2012年8月に自らのテーマをインターネットの普及から、ネット社会の課題解決に変え、株式会社ヴェルトを設立。デジタルテクノロジーで、リアルな世界・社会にポジティブなスパイラルを創造することをテーマに、技術の革新ではなく、技術との付き合い方を革新することを追求している。

Q1.you’d」開発リリースに辿り着いた背景について教えてください。

弊社はインターネット普及後の幸せとは何かを考えている会社で、私そのものがインターネットやテクノロジーが普及すれば世の中便利で良くなるということを人生前半のテーマにしていました。
技術革新が一番大事なことだと思い込んで色々なビジネスをやってきました。

ところが、実際インターネットが普及してみると、良いことばかりではない。
インターネットは自由な世界で、様々な発言ができたり、自分の好きな情報に接したりできますが、逆に自分の見たいものしか見なくなったり、それによって様々な壁ができたり、あるいは匿名性を利用して人を批判、攻撃したりなど、悪いところも出ています。

そこで、バーチャルな時間に引き込むのではなくて、リアルな生活と社会をサポートするためのテクノロジーの在り方が大事だろうと思いました。
技術革新が正しいと思っていたけど、そうではないのではないかと感じました。

要は、技術の使い方そのものを革新すべきだと考えました。
我々のミッションは「ライフ・テック・リバランス」です。ライフ・ファースト。
その次にテクノロジーが来て、人や社会、地球環境をサポートすべきであると考えています。

起業当時はIoTやウェアラブルだとかがまだ普及していなかった時代でしたので、デバイスで先ずデータを取るところから始まりました。
IoTの普及も、アップルウォッチ以降は非常に早く進みましたが、同時にこのデータは誰のものなのかということに疑問を感じていました。

皆さんのデータは、主に提供を受けたテックジャイアントが利用して、収益に繋げている。
ヘルスケアのデータは持っているだけでは駄目で、本来その人が本当に幸せになるために使われるべきではないのかと思ったわけです。

そこで、我々もスマートウォッチとかIoTのビジネスからシフトして、そこから取得されるデータを、持ち主である個人のための価値に変えることを一つの事業にすることにしました。

個人のヘルスケアデータをその人のためにどう使うか、個人はやはり集団とはちょっと違って、体質も違えば、社会的制約もそれぞれです。
その時に自分達で自分の体をどう管理していくのかに焦点を当てたのが「you’d」開発のきっかけです。

今のところ、アプリそのものを拡大しているという感じではなく、アプリから取ったデータとその他のデータを組み合わせ、様々な因果関係を見つけていくコーザル(因果推論)AIプラットフォームとセットにして開発しています。徐々にデータは溜まってきています。

Q2.現在、どの様なことが見えてきましたか?

データを見ていて見えてくることがあります。
元々の仮説としては、40~50代ぐらいの生活習慣病でちょっと気になる感じの方々が、予防的に自分達で血圧管理をしたり、体重管理したりする方がメインになるだろうと思っていました。
男性はまさしくそういう感じの傾向でしたが、女性で一番多いのは20代なのです。

男性と女性で傾向は違い、10代の女性も結構使うことが見えてきました。
これは何でなんだろうと凄く不思議でした。
そこで女性社員が主体となってデプスインタビューを実施し、各年代で代表的な女性の方々にお話を聞かせていただきました。

特に、女性ならではの悩みがあると思い、インタビューを実施すると、PMS(月経前症候群)へのニーズがあることが分かりました。
男性の私たちでは分からない、例えば、死にたくなるぐらい辛い時があるとか、そういう定性的なフィードバックを得ています。
生理周期を予測するアプリを使用しているにも関わらず、さらに自分でノートを書きながら、うまく乗り切るために、こういう時に辛かったという記録を残されている方も、かなりいらっしゃいます。

弊社はデータとデータの関係の中から、こういう時に辛くなりそうだという推定を行うことができる独自技術を持っています。
前提条件として考えられていないようなデータやメモで記録しているものなどから、その人ならではの予測や、回避策を見つけていただけるようなソリューションを検討しています。

また別の話題ですが、スマートウォッチでは例えば血中酸素飽和度とか色々なデータを取れます。
その中で心拍変動は割とストレスの代理変数的な形で見ることができるので、どうすればストレスが緩和できるのかを調べたことがあります。

そもそも年代で分けると、若い層(20~30代ぐらい)はストレスが低い。
段々年齢が上がっていくと、ストレスが高くなることが分布として見えてきます。
このような分布から、弊社のコーザル(因果推論)AIプラットフォームを使い、例えば40~50代の男性でストレス因果関係を推定した上で、何がどの程度影響しているのか、介入効果を算出することができます。

何が一番関係あるのだろうと調べると、その一つが歩行距離で、長い距離を歩くことでストレス解消効果があることが分かりました。
面白いなと思い20代とか30代の男性だったらどうなのか調べると、歩行距離ではなくて歩行速度だったのです。
それも時速6キロ以上で割と効果が出ることが見えてきました。
要は、若い世代は距離を歩くよりも、ちょっとしたジョギングがストレス解消になったりするのではないでしょうか。

こういうことが色々見えてくるようになってきています。

日常生活の中では、健康になるということそのものが最終ゴールではないので、ストレスの発散につながるイベントにこういったヒントを取り入れる、例えば、ゴルフでカートに乗るのを止めて全部歩くなど、ちょっとした工夫をしていただくことによって結果が変わるのではと考えています。
もちろんより精度の高い検証は必要ですが、仮説に当たりをつけるという点で、当社のコーザル(因果推論)AIプラットフォームは威力を発揮します。

Q3.個人のユーザーさんで、面白い使い方を始めた方とかは出てきていたりしますか?

ある方の例です。仮にKさんとします。
Kさんはお酒と血圧を必ず気にされているので、赤ワインと白ワイン、ビールと日本酒を全部、週によって何杯飲んだかを記録されています。
どれが一番血圧に影響無いかを調べられていて、赤ワインが一番良いらしいのですよ。

Q4.ということは、赤ワインを中心に飲むと血圧が上がらない傾向を自らのデータで発見されたということですね!?(※ここでは飲酒量に関しては触れていないことをご了承ください)

そうですね。それって素晴らしいことだなと思うのです。
やっぱり、楽しむために健康を考えるということが基本だと思います。
特にデータから自分の傾向に気づいて工夫されている。
かつて、忌野清志郎が、「不健康な体で不健康なことができるか」って言ったと思うのですが、基本的に楽しいことの中には不健康なことも多々あります。
その中でも例えば、たまにするのであれば健康を考えてこっちにしようと。そのように使っていただいている例として、非常に面白いなと思いました。

あと、弊社女性社員や私もそうなのですけど、満月になってくると頭に圧迫感が出るとかいうのがあって、結構複数人が同じようなことを言っているの、頭痛マネジメントサイクルとかも考えられるかもしれません。

「you’d」の中で、色々な症状を入れられる機能がありますが、一番多いのは頭痛です。
次に多いのが、倦怠感とかそういう感じのものです。あと、肩や首などの凝り。
今お使いになられている方々は、基本的に病気の管理というよりは、QOLの観点から「これが治ったらもうちょっと楽しく生活できるのにな」ということを入れられるケースが多いと思いますね。

Q5.なるほど!色々なことが見えてきて、「健康な時間を増やしたい全ての人に」というメッセージに向かっていることが分かりました。さて、今後の展開について教えてください。

そうですね。一般的なヘルスケアアプリはデータを見る時に1つのデータのトレンドを見るだけだと思います。例えば、血圧が上がった、下がったなどです。

弊社が独特なのは、色々なデータの中から、自分の気にしている健康状態に影響のありそうなことや、自分が良かれと思ってしている習慣が何に影響していそうかをピックアップする。複数のデータ同士の関係性を計算して、クイックに関係の強いものだけを挙げてくるということなのです。

でも、この技術は、因果関係の可能性のあるものをピックアップする技術で、因果関係そのものまでは推定できません。
何故かというと、基本的に原因となるデータが入っていないケースがありますし、ある程度疑似相関が出てしまうこともあります。
ただ、現時点でも割としっかり因果性を踏まえた上で、これが原因になる可能性があるという要因は算出できています。

今後はデータが増え、サーバー側でのより精度の高いAI処理結果や、推定した因果関係のルールを「you’d」のエンジンに反映します。
そうすると、原因を推定するための知識ベースが溜まってきますので、計算の精度が上がることになります。

完全に因果関係を解明することは難易度が高いことですが、個人が、結果を改善するための原因を探索する行為はタブーではないはずです。
そのヒントを出すために、よりもっともらしい、これをコントロールすれば自分はこういう風に良くなるという候補を提示します。

弊社は、この領域の研究を追及していくつもりです。
「you’d」という名称は、「you would」という可能性を示す意味と、もっともらしさの「尤度」から来ています。犬みたいな漢字書く「尤度」ですね。(もっともらしい=尤もらしい)

現在弊社では、「you’d」というアプリケーションだけで使ってもらうというより、様々な企業と連携をして、例えば医療機器だとかに蓄積されているデータや、健康に関わるような購買データと掛け合わせて、研究開発の推進などイノベーションのために活用いただいています。
個人の許可が前提ですが、データを横断的に紐づけていくことによって因果関係や効果の仮説を見つけていただくソリューションです。

今、本当に様々な業種の方々とお話ができてきているので、特定の業種がホットというのは無いのですけれども、様々な業界が自分達の領域のデータや知見を活かして、ウェルネスやヘルスケアのソリューションを開発されています。

本来であれば、それがもっと複数社の単位で共有され、協業できるようになってくると、もの凄く面白くなると思います。
特定の業界だけというよりは、複数の業界が連携することによってデータを個人のために使うことができるようになるのが理想だと思います。

本日はありがとうございました。


取材後記:
俗にいう「健康管理アプリ」は、それこそ数えきれないほど存在していることは読者の皆様の知るところです。
多くのアプリは記録ができて、それを見ることができるレベルで止まっているものがほとんどです。
今の状態では、データが個人の幸せに寄与する関係の一歩に過ぎないと我々は考えていました。
ヴェルト社の「you’d」はそれをさらに踏み込んで「自分流コンディショニング・ルール発見」へと導いてくれる可能性のあるものです。
個人利用をベースに様々なデータ・ホルダーとのマッチングが進み新しいQOL経済圏形成につながることを、取材を通じて妄想してしまいました。

インタビュアー:大川耕平

[取材日:2023年9月13日]