もっと5G環境が隅々まで行き届く状態になった時、on/offという区別の意味がなくなると言われていますが、フィットネスのあり方も既にシフトチェンジがマーケットの中でもユーザーサイドから起きているとHBWは見ています。コロナ禍にあってネット経由のプログラムを充実させ活躍されている井上トキ子さんにアフターコロナのフィットネスが進む方向について伺ってみました。

井上 トキ子(いのうえ ときこ)氏

株式会社アージュ 代表取締役

井上 トキ子(いのうえ ときこ)氏

Profile

全日本空輸株式会社(ANA)を退職後、ティップネスをはじめ全国の総合フィットネスクラブ等でスタジオエクササイズ部門のアドバイザーを歴任しながら、数多くの新規事業経験を積む。延べ1万5千人以上のインストラクターやリーダー達の教育者として関わる。現在は、「背骨で人生の質を高める」という理念のもとに開発した『Sintex®(背骨の調律エクササイズ)』の全国普及に邁進中。2016年春には、大手外資系IT企業内に新設されたフィットネス施設の顧問に就任し、企業フィットネスにも本格的に参入。ストレスを抱えながら働く企業人の「心と体と絆の健やかさ」を高めるための取り組みにも手腕が発揮されている。瞑想やレジリエンスに関する指導資格も有する。

Q1.井上さんが開発されたプログラムであるSintex®(背骨の調律エクササイズ)の可能性について伺ったのが2019年の8月でした。その後、同プログラム普及運用をされていて、コロナが来てネットサービスを即立ち上げて展開されてきていることは存じ上げています。まず、お聞きしたいのがコロナによって何が変わった(変えた)のでしょうか?

コロナ禍の影響ですぐに、フィットネスクラブが一斉に休館に追い込まれたのはご存知のとおりですが、健康経営サポートの一環としてエクササイズ指導者を派遣していた法人契約先の企業の多くもいち早くリモートワーク化を進め出していました。
フィットネスクラブや企業への人材派遣事業の売り上げが激減する日が迫っていることを感じ、何か手を打たなければと思っていたのが2020年3月頃です。

ちょうどその頃、契約先のIT系企業から「わが社も社員の殆どを在宅勤務にすることにしたので、フィットネスレッスンもリモート化してもらえないでしょうか」と相談されました。

幸運なことに、操作法も全て教えてくださるとのことで、私自身「これはチャンスだ!」と、二つ返事でお引き受けし、オンラインレッスン指導デビューをいち早く果たすことができました。
今思えば、コロナ禍のかなり早い時期に『オンラインレッスン提供』にチャレンジできたことが、諸々のオンライン化への移行にスピード感を持って取り組めたことに繋がったと思っています。

<コロナによって変えていったこと>

①Sintex®(弊社のオリジナルエクササイズプログラム)の教育コーチ会議のオンライン化
→全国にいるコーチ陣との意思疎通の促進、交通費コストの削減へ。

②Sintex®コーチ陣がオンラインセミナーを担当できるよう、いち早くオンライン教育に着手
→これにより、③以降が可能に。

③Sintex®各種ライセンスセミナーのオンライン化、またはリアルとのハイブリッド化
→プログラム内容とオンラインによるセミナー提供というスタイルが時代のニーズに合致したのか、全国から多くの運動指導者の申し込みを頂く。

④いままでリアルで行っていた有料レッスンやセミナーのオンライン化
→月額定額制のオンラインフィットネスサロン『アージュオンラインLABO』の立ち上げへ。

⑤Sintex®各種ライセンスセミナーで発掘した全国の優秀な運動指導者を、オンラインLABOの講師に即採用。新たなキャリアパスを創出
→居住地に関わらず、優秀なライセンス取得者に仕事の場を提供することが可能に。検定そのものの存在価値が高まった。


オンラインLABOを作った理由は、外出自粛要請期間中に、体調だけではなく精神面でも不調を感じる人が増えていることを実感したためです。
生活リズムを整え、孤独感を減らし、コンディションを維持できるような場をオンラインで創出したいという思いが最も大きかったのですが、Sintex®レッスンの導入数も多く、認定トレーナーを多く採用したことにより、Sintex®認定トレーナーはじめ、運動指導者の入会が予想以上に多くなりました。

運動指導者のメンバーの方々が口を揃えて言うのは、「とても勉強になり、日々提供しているレッスンの内容に困らなくなった」「地方にいながら、質の高い実践的な学びを得られる」ということです。
この点に関しては、『コロナ』に感謝とおっしゃる方も少なくありません。

『多くのプロ指導者が学ぶオンラインサロン』と評されるようになり、当初考えていた以上に高い品質とサービスを有するサロンを目指すことになりました。
『本格的・本質的なスキルと知識を保有』且つ『伝え方・内容のバリエーションが豊富』な方々を講師に採用しながら、講師陣が自律的に切磋琢磨する文化が育まれるように舵をきっていきました。また、専用の事務局をつくるようになったのもこの頃です。

オンラインレッスンを提供する大手フィットネスクラブやオンライン専門組織が増え、その多くが低価格で勝負されていることもあり、『差別化』ということを最も重要視するようになりました。
それが、『フィットネス』以外の講座~産婦人科医による女性の体についての学び、IT基本講座、プロのソムリエ兼料理研究家によるお料理教室、デカフェ体験会の導入に繋がっており、この先も幾つもの新企画が待機している状況です。

ちなみに、上記の特別講座は、LABOメンバーにはすべて無料で提供させて頂いており、常に『感謝』の気持ちを形で伝えるよう心掛けています。

Q2.コロナ禍によって得た知見・ノウハウはどんなものになるのでしょうか?

オンライン化が進んだことにより、もはや『場所』はコミュニケーション、そして技術・知識の習得機会の障害にはならなくなりました。
現在は、コミュニケーションも、技術・知識の習得も、住んでいる場所などではなく、熱意(量とスピード)に最も左右されるのではないでしょうか。

弊社は、目的や役割ごとに幾つものコミュニティを有していますが、その中でも最も大きなものが、Sintex®認定トレーナーコミュニティと、オンラインLABOメンバーコミュニティの2つです。
どちらもコロナ禍で人数が増えましたが、やがて熱心な方々が顕在化してきました。

オンラインLABOのメンバーでも、ほぼ毎日のように受講してくださる方々は、私の新しいチャレンジにも興味関心が高く、新しいオンラインイベントや講座を企画すると常に50~100名近い方々が参加してくださるようになりました。

最近では、他社・他メーカー様からの協業や協賛のお声がけも増え、コミュニティを大切に育てることが、ビジネスを成長させることに繋がっていることを実感しています。

また、Sintex®認定トレーナーの半数以上もLABOのメンバーであり、熱心なトレーナーの多くがほぼ毎回ビデオオンで受講されています。
ビデオオンで参加してくれると、技術の習得具合や集中度を把握しやすく、現在は、LABOを通してスキルを向上させ、情報をアップデートさせ続けている方々に諸々のお仕事を依頼するように切り替えているところです。
案の定、契約先での評判もよく、派遣トレーナーの指導スキルのばらつきも解消されていきました。

また、今年に入ってから、新たな教育チームメンバーを募集したのですが、応募してくれたのはやはり、上記の熱意あるトレーナー陣でした。
国内外各地から応募してきた彼らが検定合格に向けて勉強会で活用したのも『オンライン』です。

結果、非常に高い合格率となり、教育チームメンバーは5名から11名へ。
現在は、彼らの自立的活動で、Sintex®やLABOの活動がSNSを通じて、より広く届けられるようになり、本当に感謝しています。

近くの(関東の)人気トレーナーより、遠くにいてもSintex®に熱意のあるトレーナー。
コロナは、採用に関して、最も大切なことを私に気づかせてくれたのです。
まだまだ沢山いる全国の熱心なトレーナー全員に、お仕事を供給していくことが、私の新たなモチベーションにもなっています。

Q3.アフターコロナになるとまたオフラインに多くのフィットネス愛好家が戻るという意見もあります。HBWの見解ではon/offを区別することの意味がなくなる世界になっていくと予測していますが、井上さんの今後の活動はどうなっていくのでしょうか?

弊社は、リアルとデジタルのハイブリッド化、または選択の自由化を標準としていく予定です。

高額受講料がかかるリアルセミナーの場合、事前にオンラインで体験会などを提供することで、交通費をかけて参加する諸々のリスクを軽減し、参加ハードルを低くすることができます。
また、座学はオンライン、実技はリアルなど、それぞれのメリットを活かせるようなワークショップやライセンスセミナーを標準化していきます。
ライセンスセミナーの一部は既に、同じ内容のものを、オンラインとリアルの両方設定し、自由に選んでいただくようになっています。

アフターコロナでは、オフラインに多くのフィットネス愛好家が戻っていくことは確かでしょう。
五感の中でも、特に嗅覚・触覚による体感を享受できるリアルフィットネスの活性化は私自身の望むところでもあります。

しかしながら、オンラインのメリットを知ってしまった方が多いことも事実です。
弊社は、このオンラインのメリットを知っている方々がより満足するようなアフターコロナだからこそのオンラインサロンの構築を目指したいと思っています。

フィットネスという範疇にこだわらず、文化や芸術、医療などの要素を盛り込み、生活がより健やかで豊かになるようなお手伝いのできる場づくりが目標です。

Q4.HBWの読者に向けて何かメッセージをください!

リアル・デジタルに限らず、自分の経験と得意なことで何を実現したいのか、将来ビジョンを明確にすることが大事だと思います。
誰が・何によって・どのように喜ぶことが自分の望む世界なのか、それが本当にワクワクすることなのか(自分自身の心身が喜ぶものを提供しているかも含む)、実現させるために労力を惜しまずやり遂げられる覚悟があるのか、そうしたことが自分のなかでしっかりと整理できていることが大事だと思います。

あとは、小さくでもいいので実際に始めてみることでしょうか。
小さく始めて、何度も修正を重ねながら理想のカタチに整え、願わくば規模を大きくしていくことを目指す柔軟性と勇気が大事だと思っています。
さらにスタートしたら、ユーザーからご意見をいただけるような仕組みづくりとコミュニケーションの働きかけに注力すること。失敗やクレームが転機になることは本当に多いです。
『愛情をベースに率直に言ってくれる人』と『手を差し伸べてくれる人』の数は、自分の生き方や接し方が反映され、その数が自分の事業の発展にも大きく影響を及ぼします。

私は起業してから、規律・報恩・突貫という亡くなった父親の素晴らしい資質に改めて目を向けるようになりました。
父の命日前後には今も誰か知らない方が墓前に花を供えてくれます。
そんな父の在り方を目標に、これからもまだまだ精進を重ねていくつもりです。

皆さん、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

インタビュアー:大川耕平

[取材日:2021年9月16日]