こんにちは、里見です。

ヘルスコーチングにおける生成AI活用の可能性や課題、役割について、これまで5回にわたって解説してきました。


その(1)「ヘルスコーチングとAIの相性」
その(2)「生成AIをヘルスコーチングで活用する」
その(3)「ヘルスコーチングで生成AIと人のどちらが効果的か」
その(4)「ヘルスコーチをサポートする役割の生成AIの活用」
その(5)WHOの生成AI「SARAH」でも使われているヘルスコーチングのアプローチ


6回目の今回は、前回ご紹介したWHO(世界保健機関)が提供を開始した生成AIを使った「SARAH(Smart AI Resource Assistant for Health)」の特徴であるパーソナライズ、共感について、ヘルスコーチングの視点で解説したいと思います。


特集:ヘルスコーチングの視線編

ヘルスコーチングの可能性を探る:ヘルスコーチングにおける生成AIの活用:その(6)WHOの生成AI「SARAH」のパーソナライズ、共感へのアプローチ


1、WHOが提供する生成AIを活用した「SARAH」の特徴


前回ご紹介した、世界保健機関(WHO)が2024年4月に公開した生成AIを活用した健康アドバイス「SARAH(Smart AI Resource Assistant for Health)」について、見逃した方もいるかと思いますので、まずは振り返りとして「SARAH」について簡単にご紹介します。

WHOとして生成AIを使った「SARAH」を提供する最大の目的は、「情報への公平なアクセス」を実現することで、医療領域へのアクセスが限られている地域や状況の中でも、信頼できるアドバイスを24時間、制約なく受け取れる環境を整えようとしています。

さらに、注目すべきポイントとして健康情報を「ただ伝える」だけのアドバイスではなく、「利用者が行動に移せるよう促す」という行動変容支援型アプローチが「SARAH」の最大の特徴で、その行動変容のアプローチに生成AIを活用している点です。

「SARAH」が行っているヘルスコーチング的アプローチは以下です。


1)目標設定と行動変容の支援
2)動機づけの維持
3)行動に対する選択肢の提供

4)即時性のあるフィードバックと情報提供
5)継続的な対話とフォロー
6)ポジティブなアプローチ


行動変容を支援する「SARAH」では、上記のようなポイントでヘルスコーチングのアプローチとの共通点が見られると前回ご紹介しました。

2、生成AIらしさ、特徴を活かした「SARAH」のアプローチ


「SARAH」は、単なる情報提供にとどまらず、行動変容の支援を目的に設計されています。
そこには、ヘルスコーチングのアプローチがしっかりと取り込まれています。


・個別に寄り添う(パーソナライズ)
・感情を理解し、励ます(共感的フィードバック)
・安全で信頼できる関係性の構築(情報の信頼性)


ヘルスコーチングをサービスとして設計・提供する際に、「人」が寄り添う際の大切な視点を「AI」の特徴を活かしてどう実現できるかについて、具体的なヒントを示してくれているような気がしています。

3、「SARAH」の具体的なアプローチ


では、ここから「SARAH」の対応について、具体的な事例からヘルスコーチングのアプローチを見ていきたいと思います。


【実践事例1】

「運動したいけど、時間がない」にどう応えるか?


◯あるユーザーが「SARAH」にこう問いかけました:

「最近まったく運動できてないんです。忙しくて…どうしたらいいですか?」

◯「SARAH」の返答はこうです:

「それでも運動を取り入れようとしているあなたは素晴らしいです。まずは1日3分、椅子に座ったままできるストレッチから始めてみませんか?」
(このやり取りの背景には、座り仕事が多いなどの情報が加味されています)


ここにはヘルスコーチングの基本的なアプローチが入っています。

・ユーザーの状況を否定しない
・小さな行動目標にブレイクダウン(=段階的アプローチ)
・励ましのフィードバック

この事例からのヒント:
「提案の粒度を細かく調整するアプローチ」や「ヒアリング内容を加味した提案」「共感を込めたコメント」など。


【実践事例2】

「うまくいってない…」という挫折に寄り添う言葉


◯禁煙にチャレンジしていたユーザーが、「SARAH」にこう打ち明けました:

「また吸ってしまいました。自分にがっかりしています。」

◯「SARAH」の返答はこうです:

「やめようと決めた時点で、あなたはすでに変化を始めています。ひとつの失敗が、あなたの価値を下げることはありません。」


このやり取りの中にヘルスコーチングの基本的なアプローチが入っています。

・感情に寄り添う共感的フィードバック
・評価ではなく“選択”を促す構造
・結果、成果ではなく“プロセス”を認める姿勢

実装ヒント:
失敗時の対応には、「再挑戦を後押しする感情設計」が必要です。
「SARAH」はここで人間のような励ましによる切り返しをしています。



「SARAH」は、現時点ではまだまだテスト的なリリースであって本格的な運用ではないと私は考えていますが、上記のアプローチは、単なるチャットボットの範疇をはるかに超えて、行動変容を支援するための設計がしっかりとされたものであり、ヘルスコーチングにも求められる人による「寄り添い」を生成AIで実現してきていると言えます。

「SARAH」は生成AI単体の完成形ではないと私は感じています。
むしろ、行動変容において人のコーチングとAIの得意領域をどう組み合わせるか?どのようなことが最適なのか?を考えるきっかけになっているような気がしています。


例えば、
・日常の継続支援はAIに
・感情の深い共感や意志決定支援は人に


上記、それぞれの得意分野、特徴をうまい形でつなぐ、組み合わせるのはやはり最終的には「人」なのではないかと考えています。
生成AIを「機能」としてではなく、「パートナー」として位置付けて考えていくべきではないでしょうか?


今回WHOが生成AIを活用して「SARAH」を提供したことは、今後の行動変容における生成AIの活用という視点では大きな影響を与えていくと思います。



次回は、生成AIを活用した行動変容支援ツールである「SARAH」の課題について切り込んで解説したいと思います。
次回も、ぜひご期待ください。


●ヘルスコーチングの実証実験結果はこちら

健康ビジネスキーワード

「デジタルヘルスの符号を探せ、創れ」

医療者と生活者、開発者と現場、企業と顧客。
それぞれの「あうん」は、実は共有された符号(コード)によって成り立っています。

「まあまあ元気」という曖昧さも文脈がなければ伝わりません。
今後のデジタルヘルスの進化に必要なのは、この「意味の符号化」です。

体調、行動、感情をどうコード化し、使い手と作り手が共有できる「解釈の地図」を持つか?
符号を「読み取る力」と「創る力」こそ、これからのヘルステックの競争力。

共通語をつくろう、記号を磨こう。

デジタルヘルスの「次」は、符号の言語設計から始まるのです。

今週の注目記事クリップ

+++★注目記事クリップ★+++

[1]研究:Googleの医療AI『AMIE』が優れた鑑別診断をアシスト
https://ht-watch.com/2025/05/googleaiamie.html
Google関連企業の研究チームはこのほど、診断推論に最適化した大規模言語モデル『AMIE(Articulate Medical Intelligence Explorer)』が、臨床医の診断推論の精度を向上させることを発表した。(2025/05/19)

[2]IGSA、千葉大学と音声解析を用いた認知機能検査アプリのユーザビリティ向上と介入効果検証に向けた共同研究を開始
https://igsa.co.jp/news/viOWnHmM
本共同研究の目的は、IGSAが保有する音声解析技術を活用した高齢者向けの認知機能検査アプリのユーザー体験を改善し、社会実装を促進することにあります。(2024/05/14)

[3]小林製薬、女性の健康をサポートするフェムケア提案サービス「ミテミル」を公開
https://www.kobayashi.co.jp/newsrelease/2025/20250515_01/
「ミテミル」は、気になる不調を複数抱えながらも、情報収集やケアに踏み出せずにいる女性たちに向けた、新しい形のフェムケアプラットフォームです。(2025/05/15)

[4]TXP Medical、生成AI搭載の音声入力/OCRカルテアプリ「SpeechER」、牧田総合病院にてトライアルを開始~年間救急車台数6000台超の現場で記録業務の革新に挑む~
https://txpmedical.jp/news/4m2AlyPtelWt6Zm0iwesfH/
「SpeechER」は、現場で真に使える音声入力アプリとして、医師・看護師自身が、業務フローに完全に適合する設計を行い、開発したAI搭載の音声入力/OCRカルテアプリです。(2025/05/15)

[5]帝国データバンク、「フィットネスクラブ・スポーツジム」業界動向調査(2024年度)
https://www.tdb.co.jp/report/industry/250516_fitness24fy/
2024年度のフィットネス市場は7,100億円前後に達し、過去最高を更新すると見込まれる。コロナ禍後の健康志向の高まりやSNSを活用したプロモーション活動、積極的な店舗展開が会員数増加に寄与した。(2025/05/16)

[6]エスエス製薬、ドリエルと一緒に発見!あなたはどんなフミンモンスター?パーソナル睡眠チェックコンテンツ「MSTI」公開
https://www.ssp.co.jp/news/2025/20250516/
「MSTI」は、私たちが生まれ持った“体内時計(クロノタイプ)”と、日々の生活で感じる“睡眠コンディション”の2つを組み合わせることで、自分の睡眠スタイルを知ることができるコンテンツです。(2025/05/16)

[7]LIXIL、2025年大阪・関西万博における「Life Assist2」を活用したPHR実証ユースケース体験展示の予約受付を開始
https://newsroom.lixil.com/ja/2025051901
経済産業省「令和5年度補正PHR社会実装加速化事業」の一環での実証。“自然と健康になれる社会”の実現を目指し、2025年6月21日~29日の期間限定で万博に出展。(2025/05/19)

[8]東京地下鉄、地下鉄で巡る健康と発見の旅!「メトロウェルネスラリー」を開催します!
https://www.tokyometro.jp/news/2025/220801.html
「メトロウェルネスラリー」は、2025年5月23日(金)から2026年2月28日(土)までの約1年間にわたって実施されるデジタルスタンプラリーです。(2025/05/19)

[9]ワン・パブリッシング、2025年の注目アイテムが決定!ダイエット&健康情報メディア「FYTTE」が恒例の「ダイエット&ヘルス大賞」発表(PR TIMESより)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001029.000060318.html
健康や美容、ダイエットに関心の高い読者1,800名によるアンケートから、今注目のアイテムをランキング形式で発表。全21部門の「使ってよかった」「使ってみたい」でそれぞれ1位に選ばれた商品は!?(2025/05/19)

[10]京都府立医科大学、スマホ画像×AIでアトピー性皮膚炎の重症度を即判定 自宅から症状を評価できるデジタルバイオマーカーを開発ー国際医学誌Allergy誌掲載ー
https://www.kpu-m.ac.jp/doc/news/2025/20250520.html
このAIモデルは、診察室の外でも、患者さんが自ら皮膚の状態を継続的・医学的・客観的に把握できるツールとして、日々の生活の中での「気づき」や「判断」を支援します。(2025/05/20)

[11]『HealthTechWatch』注目ニュース:PREVENT、体重の記録率がチャットコミュニケーションによる減量効果を高める
https://ht-watch.com/2025/05/prevent.html
今回注目すべきポイントは、「医療専門職とのチャット量」が多い方が、体重減少に影響を与えることが分析からわかったという点です。(2024/05/26)